2015年4月30日木曜日

皐月ー5月:ハーブ・パリス  Herb-Paris: May 2015

皐月ー5月:ハーブ・パリス

森の湿地に今も咲く古代花 

(Paris Quadrifolia, Herb-Paris,  Order: Liliales , Family: Melanthiaceae, Genus: Paris)

(ユリ目、メランチウム科、パリス属)



ハーブ・パリス。名前だけでなく、その姿も初夏の森の中でひときわ目立ちます。実は、森がどれほど古いかを推測する指標となる植物だそうです。ハーブ・パリスが生える森は、古代から現代に至るまでほとんど環境が保持されて残っている貴重な森なのです。

というようなことを、実は、4、5年前、友人とThe Woodland Trustが管理する森を歩いていた時、犬を連れた紳士と初めて出くわした時に、森についていろいろ話してくれた時に聞いたのです。私のブログに以前にも数回登場した、森に関するメンターのような存在の紳士です。(かれもボランティアで森再生プロジェクトに関与したことがあるそうです)

「あなたたち、これからGorge (ゴージ:谷間、ここでは丘と丘の間に小川の流れている湿った地帯)の方を歩いていくなら、一風変わった花を見つけられるかもしれないよ。この季節、数週間だけ咲くのだが、奇妙なことに、ほんのわずかな地帯にだけ、毎年群生するんだ。ハーブ・パリスって言うんだがね、葉っぱは4枚、茎の半ば辺りからまん中から外に向かって生えている。花っていうのが、これがまた変わっていて、花という感じじゃない。花っていう感じじゃない、という植物を探してごらんなさい。それが、ハーブ・パリスだから」

それから、私たちはおもむろに、陽当たりのよい原っぱを過ぎ、森の中へ足を向け、ブナの森の向こうへ歩いていった。丘と丘の間は、陽当たりが悪く、小川が流れ、一帯は、苔むしている。それでも、イングリッシュ(もとい、ウェルシュ)・ブルーベルやワイルドガーリック、ウッドアネモネが点々と咲いて、彩りをそえています。

この辺りだな。

注意深く、足をとめて眼を凝らしました。あるあるある!赤みを帯びた緑色の細い茎がまっすぐに伸び、その中間辺りから水平に放射線状に4枚の葉が生えています。そして、その上に目線を移していくと、なんとも奇妙な、一般的に花と呼ぶものとはかけ離れた頭部があります。ぴらぴら下にぶらさがっている緑のものは、萼(がく)です。その間にある(版画ではわかりにくいですが)さらに細い緑のものが花びら、なんだそうです。斜め上にぴっと伸びた槍のような黄色いものは、雄しべです。そして、まん中に鎮座する紫紺のものが、雌しべの役割をする子房(しぼう)です。

ハーブ・パリスが群生している場所は、とても限られています。10mほど歩けば、もう見当たりません。そんな矮小な場所で、ハーブ・パリスは、何百年も、ひょっとすると1000年以上もひっそりと、絶えることなく咲き続けてきたのかもしれないな、と思うと感慨深くなります。

ハーブ・パリスという名前から、何かフランスの首都に関連しているのか、と勘ぐりましたが、実は地名とは関係ありません。ラテン語の学名は、paris quadrifolia、私の拙い推測では、quadriは「4」を指し、foliaは、英語でいうところのfoliage、「葉」を指すのでしょうね。parisは、英語でequality、「均一」「均等」を意味するそうです。ハーブ・パリスは、外見からつけられた名前なのですね。

4枚の葉が、均等に外へ向かって水平についていることから、harmony、「調和」の意味合いもあって、中世時代には、おまじないやら儀式などに使われたようです。別名は、'true lover's knot'(真実の愛の絆)あるいは、 'devil in a bush'(茂みの悪魔)。深い解釈もあると思いますが、単純に訳しています。真実の愛を確かめるためのおまじないやら、魔除けに使われたんでしょうか。

ちょうど今、英国在住の日本人作家(といっても、英国に帰化した)、カズオ・イシグロの最新小説、Buried Giantを読んでいます。小説の設定が、伝説の王、キング・アーサーが亡くなった後の中世初期のイギリス本島となっています。生き別れとなった息子のいる村を訪ねてようと旅する老年の夫婦を中心に、建物も、道らしきものもない、ヒースに覆われた丘や森が果てしなく続く、当時のイギリスの風景が描かれます。魑魅魍魎がいると信じられていた頃、神秘に満ちた森を歩く人たちには、ハーブ・パリスは、時に天使のように、時には悪魔のように見えたのでしょうね。

True lover's knot、大昔からずっと変わらず生息し続けてきたことは、永遠に続く愛の絆の象徴にふさわしいです。茎がすっと空にむかって伸び、4枚の葉がまっすぐ水平に広がったハーブ・パリスの群生は、初夏の若葉がまばらに影を落とす森の中で、凛として美しく映ります。

現代の自然は、ほったらかしでは存続していけません。The Woodland Trustなどの地道な森林保全保護活動の手を借りてでも、これからもずっと変わらずに、数百年先の森の中で、毎年5月に花を咲かせて欲しいです。




2015年4月13日月曜日

イースターの月曜日に: St Bridges Majorにて散策

イースターの月曜日。久しぶりの青空、風もなく暖か。車で半時間ほど西へ行った、海に近い小さな村、St Brides Majorまで出かけました。村はずれに車を停め、丘を登っていくと、そこには壮大な風景が広がっていました。大きな木は全くなく、gorseという荒れ地によく見られるマメ科の黄色い花が一斉に咲いていました。反対側では、羊の群れがのんびりと草を食んだり、ねそべっていたりしていました。この春に生まれたばかりの子羊たちも。


丘をぐるりと歩くと、下り坂に。要所ごとにウォーキング用のサインがあります。それに従って急な道をすべらないように気をつけて歩いていきます。


丘のふもとには、小さな川が流れています。小川というにはちょっと大きく、川というには小さめかというサイズ。途中に、分岐路があるのですが、徒歩だとステッピングストーン、飛び石がある(写真左から斜め右)のですが、車は、何と川の中を通るのです。とはいえ、川底は浅く、車が通れるように平らにしてあります。私たちが見ている間に数台が通り抜けましたが、ほんの少しちゅうちょした後、えいやっとばかりにエンジンをふかして向こう岸へ渡っていきました。

右端にいる女性は、水から十分離れてなかったばかりに、足元がびしょぬれになりました。犬くんは、おかまいなしに川の中をじゃぶじゃぶと走り回っていました。何せ、久しぶりのお天気で、おまけに風もなくあったかかったのですから。


川沿いの道には、2か所、石造りの鉄橋がありました。その下を、ポニーに乗った女の子が、お母さんとおしゃべりしながらのんびり通り過ぎました。


この川には、もう一つ向こう岸に渡れる橋があります。Clapper Bridgeと呼ばれ、アーチ型や吊り橋などができる以前に使われた古いタイプだそうです。どのくらい古いかは不明ですが、昔は、周辺の村の住民が生活のために使ったのでしょうね。


川から逸れて、村の方へ戻る途中に、自然保全地域があります。スイセンやウッドアネモネ(3月のカレンダーに登場)が自生しています。スイセンは、もう盛りを過ぎていましたが、ウッドアネモネの白い花があちこちに咲いていました。


自然保全地域が終わると、生け垣に両面囲まれた農道になります。途中で、乗馬クラブのグループとすれ違いました。一人一人が、「待ってくれてありがとう」と良いながら通りすぎていきました。10人以上はいたでしょう。

彼らが過ぎていった後、ふと傍らを見ると、「卵売ります」のサインが。そこには小さな石造りのコッテージ。ちょうど卵を切らしていたところなので、卵を買おうと裏側へまわると、そこの主らしい男性がいました。

にこやかな彼は、私たちが道に迷ったのかと思ったらしいですが、卵を買いたいと言うと、ちょうど1ダースあると出してくれました。彼から1ダースの卵を買いました。1ダース、放し飼いの鶏の卵2ポンド。とってもお買い得です。卵は3種類。さまざまな色と大きさのもの。彼は、レグホン種と烏骨鶏のものだと教えてくれました。

後日、卵を食べましたが、とっても新鮮な卵で濃厚な味でした。普段でも放し飼いと書いてある卵をスーパーで買っているのですが、断然の違い。


帰路は、海辺を通って帰りました。たくさんの車と人であふれ帰った海岸を横目に通り過ぎました。私たちの歩いた道では、ほんの数グループとすれ違っただけ。みんな、短くとも「ハロー」と挨拶を交わしました。その他は、さえずる小鳥たちの声、小川のせせらぎだけ。

2015年4月1日水曜日

卯月ー4月:ウッドアネモネ Wood Anemone: April 2015

卯月ー4月:ウッドアネモネ・ヤブイチゲ

白くきらめく風の花 


(Anemone nemorosa, Windflower, Buttercup family)
(キンポウゲ科 イチリンソウ属)


変わりやすい春のお天気。明るい晴天の朝を迎えても、彼方にみじんの雲も見えなかったのに、お昼ころになると、にわかに空がかき曇り、肌寒い風が吹いてきたかと思うと、通り雨、時にはアラレも混じることもあります。

4月に入ると、それでも日射しは日ごとに強くなり、日も長くなってきて、春も盛りに入ったことを感じます。

お気に入りの森へ踏み入れると、ブナの木が主に生える、その足元に点々と白い花が目につきます。さらに歩いていくと、あちらこちらに、白い可憐な花びらを一面に敷いたような場所に出くわします。可憐な花が、じゅうたんを敷き詰めたように咲き乱れる様は、幻想的です。

たまに、霧雨の中を歩くことがあります。風もなく、霧のように細かい雨粒が自分の周りを取り巻きます。繊細な白い花、葉っぱにも細かい雨粒が降り注ぎます、音もなく。

それは、ウッドアネモネ(和名:ヤブイチゲ)の花です。白い花びらは、正確には、花びらではなく、萼片(がくへん)と呼ばれるものです。

ウッドアネモネの別名は、ウィンドフラワーです。そのまま日本語にすれば、風花(かざばな)ですが、風に吹かれて舞う雪、全く違うものですね。

私の手元にある、1958年に出版されたB.D. Inglis著の、『英国の野草』(Wild Flowers of Britain, Nelson出版, 1958)に、ウィンドフラワーと呼ばれる由来が書かれています。ー『ウッドアネモネの上を風が吹いた時だけ、花開くと言われている』ー 著者は、それについて、外見とは違い、むき出しの森の中で、早春の荒々しい強風の吹き荒れる気候に耐える強い野草だと書いています。キンポウゲ科の中でも弱々しく見えますが、意外と細い茎は、強風にあおられてもへし折れないほど強いのだそうです。

雪のように白い花びらが風に舞う様を想像すると、風花という名も合っているのかもしれません。でも、私が目にするウッドアネモネは、風の強い日でも、風から守られた森の中で静かに花を咲かせています。

ウッドアネモネを、インターネットで検索していたら、突然、懐かしい花の妖精のイラストが現れました。エドワード朝時代に活躍した女流画家(イラストレーター)であり、詩人でもあるC.M. Barker(シシリー・メアリー バーカー)のイラストです。(3月に紹介した、同じくエドワード朝時代の女流画家で植物研究家のEdith Holdenより少し後の時代に活躍)

大昔、私が子供のの類を買って点数を集めると、彼女の「花の妖精シリーズ」の本がもらえるという企画にまんまと乗り、1冊を手に入れたのでした。当時、洋書など目にすることなどほとんどなかったので、嬉しくて、何度もそれぞれの花の精の絵を丹念にながめたものです。幸いなことに、手元にありました。(といっても、娘が見つけ出してくれました。娘に感謝)

彼女のシリーズには四季と、さらに4種類の本があります。そして、私が持っていたのは、ばっちり「春」。その中に、ウッドアネモネの妖精の女の子と、詩(私の拙訳)があります。ここに描かれた妖精は栗色でゆるくカールしたロングヘアで、うす桃色のドレスを着たスレンダーな女の子。ウッドアネモネの多くは白ですが、うす桃色の花もあるからでしょう。ウッドアネモネの花を2輪、両手に抱えて、風が吹けば今にもダンスを始めそうな様子です。



THE SONG OF THE WINDFLOWER FAIRY
ウィンドフラワーの歌

While human-folk slumber, 人間たちがまどろむ間
The fairies espy 妖精たちは
Stars without number 数えきれないほどの星が
Sprinkling the sky. 空にちりばめられているのを見つける
The Winter's long sleeping, 冬が長い眠りについている間
Like night-time, is done; 夜の間眠るように
But day-stars are leaping でも昼間の星たちは飛び跳ねてる
To welcome the sun. お日さまを歓迎したいから
Star-like they sprinkle 星のように
The wildwood with light; 荒々しい森に光をちりばめる
Countless they twinkle- 数えきれないほど
The Windflowers white! ウィンドフラワーの白がきらめく!


(Flower Fairies of the Spring, Cicely Mary Barker)
春の花精より シシリー・メアリー・バーカー、1923)


まもなく、白い星のようにまたたくウッドアネモネが、森の中にいっぱい見られるでしょう。