2015年12月14日月曜日

師走ー12月:コトネアスター  Cotoneaster

師走ー12月: コトネアスター

冬色の中に鮮やかな赤


(Cotoneaster horizontalis, 
Order: Rosales, Family: Rosaceae, Genus: Cotoneaster )
(バラ目、バラ科、コトネアスター属)

暗くてじめじめした12月がやってきました。冬至は22日、間もなくです。(冬至を過ぎれば、しかし、また少しずつ日照時間が増えてくる!)うちの庭は、まだ結構、緑の部分が目立ちます。が、大きなトネリコやらフィールドメープルなどの落葉樹は裸になり、ほったらかしにしているアジサイの鮮やかだったピンクの花は、緑灰色がかってスモーキーな渋味を醸し出しています。庭の色が冬色のくすんだ中に、赤い色は映えます。

そろそろコトネアスターの葉っぱも小さな鈴のような実の次に、赤くなってくる頃です。でも今年は、12月も半ばになろうとしているのに、葉っぱの外側辺りの部分しか赤くなっていません。今年の秋も、12月に入ってからも、例年より気温が高く、最低気温が10℃以上の日が多かったからかもしれません。

この版画に描かれている、真っ赤な葉っぱのコトネアスターは今年のものではなく、クリスマスのすぐ後あたりの姿です。普段なら、あちこちの庭先の低い塀などに這わせて見事な枝振りに赤い葉っぱと鈴なりの実を見かけます。うちの庭のコトネアスターは、ほんの少しだけしか実がなりません。周りに背の高い植物がいっぱい茂っているせいでしょうか。
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コトネアスターは、野生ではなく、中国から観賞用に渡ってきたものだそうで、庭や公園などに植わっているのを見かけます。つやつやした厚めの小さな丸い葉っぱが、扇状あるいはシダのように広がった小枝にびっしりとつき、その間に小さな丸い鈴のような赤い可愛らしい実がなります。

昨日、英語版の方を書いていて、庭先へ出てうちのコトネアスターを見ると、なんと、ちょっとしかなかった貴重な(?)赤い実が見事になくなっていました。ちょっと離れたところにあるピラカンサを見ると、やっぱり鈴なりだった朱色の実も、ものの見事になくなっていました。多分、小鳥たちに食べつくされてしまったのでしょう。今年の秋は暖かかったし、食べるものには不自由していないと思ってましたが、そろそろ、小鳥用のエサ入れに、穀物や種を入れてあげる時期がやってきたようです。


霜月ー11月:セイヨウカジカエデ Sycamore

霜月ー11月: セイヨウカジカエデ

大切な思い出の木


(Viburnum lantana, Order: Dipsacales, Family: Adoxaceae, Genus: Viburnum )
(ムクロジ目、ムクロジ科、ガマズミ属)




日本での個展も無事終わり、11月半ばに英国の自宅へ戻りました。毎朝のウォーキングを再開した、霜の降りた寒い朝。いつものコースを歩いていて、湿地帯にかかった小さな木の橋(というには小さすぎるかも)で立ち止まりました。黄色い葉っぱが、風もないのに次から次へと地上へ落ちていました。カレンダーのシカモア(セイヨウカジカエデ)ではない、小判型の葉ですが。木を仰ぎ見ると、木立の上には、澄みきった青空が広がっています。そろそろ、秋も終わりです。

散歩の後半、農家と羊たちが草を食む牧草地の間の木立の下の道にさしかかりました。右手の農家の敷地には、結構たくさんの木(これもシカモアではありませんが)が林のように生えていて、その下で、持ち主らしき男性が、がんじきでせっせと落ち葉を掃いていました。うちのトネリコの大木1本だけでも、かなりの落葉の量だし、広い林のような敷地をがんじきで全部掃くのは無理ではなかろうか。。。

そうして、農家の敷地と道の境に、何本ものシカモアの大木が植わっています。夏には、緑の屋根のように生い茂っていますが、今は、やはり散歩の最初に見かけた黄色い葉のように、はらはらと葉が落ち、道は、黄色い葉っぱ、上の方は青空が透けて、明るく見えます。落ちたばかりの黄色い葉は、そこに太陽の光が当たったように明るいです。雨の多い、ウェールズです。雨が続いて、人や動物たちが踏みつけていくと、茶色く変色して、冬の色になっていきます。冬は間近です。

シカモアの葉は、一見、プラタナスなどの種類かと思われますが、系統としては、カエデの方です。カレンダーには描いていませんが、プラタナスのような球状のタワシのような実ではなく、やはりカエデのように羽根のついた実がなります。

個人的には、シカモアの木は思い出深い木です。引っ越してきて以来、仲良くしていたお隣さんの敷地側にシカモアの大きな木が立っていました。ちょうど、お隣さんの家とうちとの境にです。そして、その反対側に、双子のように、トネリコの大木がうちの敷地側に立っていました。道の方から見ると、双子が寄り添うようにして立っているように見えました。

でも、数年前にシカモアの木は切り倒されてしまいました。うちの側のトネリコも去年、切り倒しました。どちらの木も、建物に近接しすぎて、根が張りすぎ、家の土台を台無しにしてしまうので、切るしかなかったのです。

それでは、あまりに悲しいので、前々からスケッチしていた双子の木を版画(木のポートレートシリーズの中)にして残すことにしました。残念なことに、お隣さんは、お子さんも成長して巣立っていったので、大きな家と庭には手が回らないということで、同じ町内とはいえ、引っ越しされてしまいました。引っ越しする時に、版画の第1枚目を記念に贈りました。

そういう訳で、シカモアの木を見ると、少し感傷的な気分になるのです。

でも、この間、友人が主催者の一人であるレソトの子供達の教育をサポートしようというNPOのクリスマスクラフトフェアに出店していたら、前お隣さんがご夫婦でいらっしゃって、感激の再会。小さな町に住んでいるとはいえ、なかなか会うこともないのです。嬉しかった11月でした。



2015年11月18日水曜日

個展無事終了、みなさま、ありがとうございました



11月4日から8日の5日間、加古川市内にある、器と雑貨moiさんにおいて、初めての個展を開催する機会を頂きました。昨年の一時帰国の際、作品を持ち込み、個展を快諾してくださったmoiさんに感謝の念は尽きません。

そうして、個展開催が近づいてきた時、多くの方々に宣伝をしていただきました。日本から離れた英国に住む私にとって、どれだけ力強く感じたことか。


そういったみなさんのお陰を持ちまして、会期中、毎日、予想以上にたくさんの方々に訪れていただいて、英国から持っていった作品を見ていただくことができました。ありがとうございます。






今回の個展のために作った16品には、和歌山で木工家具製作の工房を営む、林工亘(りんこうかん)さんにお願いした無垢オークの額に入れました。写真や図面やら入りのメールを何度となくやりとりしてできあがった額は、『英国の田園風景を、小さな窓枠から眺める』イメージで、感動しました。ご本人の神吉さんが来てくださって、木の好きな者同士、話がはずみました。ありがとうございます。



今回、moiさんのご提案で、初めての試みとして、切り絵原画も展示しました。本来、切り絵を作るのは、スクリーンプリント(シルクスクリーン)の版下のためで、展示することは考えもしていませんでしたが、展示するならば、黒い紙だけでは味気ないなと思って、ドイツで一般的に紙灯籠に利用する半透明のパラフィン紙で色どりを添えました。額に入れたスクリーンプリントの作品と並べると、全く異なった印象です。



このたびの個展を無事に終えられたのは、さまざまな方々のお陰です。ほんとうにありがとうございました。

英国の自宅へ戻ったら、家のトネリコはすっかり葉を落としていました。カエデが今、落葉の真っ最中。野原を歩くと、すっかり晩秋、その中で、ローズヒップ(野バラの実)の赤があちこちにちりばめられていました。









2015年10月19日月曜日

個展のお知らせ:2015年11月4(水)-5(日):器と雑貨moi(兵庫県加古川市)にて

個展のお知らせ

森と野原の風景 〜英国より〜
when you walk in woods and meadows
期間:2015年11月4日(水)〜 8日(日)
場所:器と雑貨moi
兵庫県加古川市加古川町北在家2482
時間:10:30 am 〜 5:30 pm

東のJR大阪駅から加古川駅まで1時間弱、西の姫路駅からは10分です。駅からは、加古川中央郵便局をめざして徒歩約10〜15分、郵便局のお隣にmoiさんのギャラリーと店舗があります。

このたび、日本にて個展を開く機会を器と雑貨moiさんに作っていただきました。ありがたい限りです!

moiさんのギャラリーは、加古川まちかどミュージアム(10月31日〜11月8日)の会場の一つになります。期間中、加古川市の他、近隣の高砂市や播磨町、稲美町にも会場が設けられ、地域で活躍されているアーティストやさまざまな人々の参加でにぎわいそうです。

メインとなる小作品群の額縁は、和歌山で活動されている木の家具工房 林工亘(りんこうかん)さんに、特別注文で作って頂きました。メールで写真やスケッチ、設計図などを細かくやりとりして、丁寧に作ってくださいました。楽しみです。この小作品シリーズは、木づくりの小さな窓から外をながめているという設定で制作しました。小さな枠の中にどれだけの風景を入れられるか、というのを課題にしたものです。

英国ウェールズの自宅アトリエから、これまでに制作してきた切り絵の原画、それをもとにした限定刷りのスクリーンプリント作品などを日本へ持っていきます。お楽しみに!とはいうものの、私自身も楽しみです。

来年用のカレンダー(壁掛け用、29.8cmx10.5cm)も、今回4年目となる「英国野草カレンダー」(当初は、「葉っぱカレンダー」でしたが)、それに加え、メインの小作品群から抜粋した切り絵カレンダーも用意しています。

たくさんの方々のお越しをお待ちしております!




2015年10月8日木曜日

神無月ー10月:ランタナガマズミ Wayfaring Tree

神無月ー9月: ランタナガマズミ

深まる秋の彩り


(Viburnum lantana, Order: Dipsacales, Family: Adoxaceae, Genus: Viburnum )
(マツムシソウ目、レンプクソウ科、ガマズミ属)



いつの頃からか、秋になると庭の片隅にナンテンよりも大ぶりの赤い実が目につくようになりました。それがWayfaring Tree、和名でランタナガマズミと呼ばれる灌木です。おそらく、鳥たちがやってきて、落としたフンの中に、種が入っていたのでしょう。

結構可能性は高いです。近くの陽当たりのよい、野原や生け垣のあちこちにランタナガマズミの茂みがあるからです。

日本で見られるガマズミとは、少し違います。葉はよく似ています。楕円形で深いしわが刻まれて、裏には白い小さな毛がびっしりと生えています。でも、実は、1.5センチほどで少し平たいのです。そして、夏には緑だった実が、秋が深まるにつれ、赤くなり熟すと濃紫色になります。日本のガマズミの赤い実は食べられるそうですが、こちらのガマズミは、残念ながら人間の口には合わないようです。猛毒はないようですが、食べるとお腹を下したりするようです。きれいな色合いを楽しむだけにして、あとは鳥たちや野ネズミのような小さな動物たちに秋の実りを味わってもらうことにしましょう。

ランタナガマズミの英語での一般的名称は、wayfaring treeです。Wayfaringは、歩いて旅することを意味します。(Fareフェアは、旅をすること。海を旅することは、seafaring。)旅をするなら徒歩だった昔からの言葉です。どうして、ランタナガマズミに、旅をするという言葉がつけられたのか。調べてみたのですが、どうにも見つけられませんでした。昔々、旅人たちは、この実を使って何かのおまじないをしたのか、薬として使ったのか。

(見つけたあかつきには、書き加えます)

ともあれ、10月は秋がいっそう深まっていきます。ランタナガマズミの濃い紫(ほとんど真っ黒)の実も、動物たちが頂くからか、どんどんと枝から消えていきます。穏やかな南東ウェールズでも、朝晩は10℃以下に冷え込むようになっていきます。でも夏時間が終わる10月末までは、まだまだ秋の名残の暖かい日射しを楽しめます。夜になると、そろそろ薪ストーブに火を入れる季節になってきました。

2015年9月1日火曜日

長月ー9月:セイヨウヤブイチゴ Brambles (Blackberry)

長月ー9月:セイヨウヤブイチゴ

(黒イチゴ)

黒いイチゴを採りに野原へ


(Rubus fruticosus, Order: Rosales, Family: Rosaceae, Genus: Rubus )
(バラ目、バラ科、キイチゴ属)




セイヨウヤブイチゴ、「bramble 」(ブランブル)は英語ですが、これはゲルマン語(おそらく、ドイツ語などをはじめとする西ゲルマン語)の「brom」(ブロム)から派生した言葉だそうです。これは、「トゲのある灌木」を意味します。(アデーレ・ノゼンダーAdele Nozendar著 The Hedgerow Handbook, Square Peg出版, 2012) ドイツ語では、「Brombeeren」(ブロムベーレン)と呼びます。ブランブルは、そのつやつやした、ほとんど黒に近い紫紺色の実から、ブラックベリーとも呼ばれます。日本のケーキやデザートにもよく使われ、ブラックベリーと呼ばれる方が馴染み深いでしょうね。

ブラックベリーは、8月の初め頃から色づき始めます。花が終わった後、実が大きくなってきて、黄緑から徐々に赤、ワインレッド、紫、最終的には黒に近い紫色に熟します。この辺りでは、8月半ばあたりから9月いっぱいまで、お天気が良く乾燥した日が続けば10月まで、収穫を楽しめます。ここ南ウェールズでは、とても一般的な野性の食材の一つだと思います。

ブラックベリーの果実、正確にはたくさんの小さな果実が集まった「集合果」と呼ばれるそうです。「核果」と呼ばれるものは、実のまん中に種があるモモやサクランボ、アーモンドなどのような果実を指します。ブラックベリーは、その小型、「小核果」がたくさん集まった果実。ラズベリーもそうですが、ぷちぷち丸い個別の実の中には必ず小さな種が入っています。この小さな種、胃酸にも耐えるほど強者なのだそうです。実を食べた鳥や動物たちの胃の中で種だけが残り、排泄され、様々な場所へ種が運ばれていくのです。

ブラックベリーは、古くは石器時代から存在していた古代植物でもあります。石器時代の人間の胃から、ブラックベリーの種が発見されたという記録があるそうです。
(The Woodland Trust ウッドランド・トラストという英国で全国的に活動する森林保護団体のウェブサイト) 

そういうわけで、ブラックベリーは、野原、生け垣、ほったらかしになっている空き地、森などあらゆる場所に繁っているのを見かけます。頑強というか、どこにでも侵入していくので、手入れをさぼっていると、あっという間に庭にもはびこっていきます。いったん庭に生えると、もう大変。

とはいうものの、鋭い鉤状のトゲがついた葉や茎が私たち人間や他の動物たちを遠ざける一方で、他の動物たちを天敵などから守ってくれる役目も果たします。ミソサザイやコマドリといった小鳥や、ヤマネなどの小動物たちは、このご利益にあずかります。(The RSPB 英国で全国的に活動する自然保護団体のウェブサイト)  

暖かい晴れの日が続いたら、大きな容器をもって野原へ出かけます。車や人通りがなく、陽当たりのよい静かな一角に、ブラックベリーが生い茂った場所があるのです。太陽の光をいっぱい浴びて熟した実は、ほんとうに甘くておいしいのです。が、鋭いトゲには要注意。からまった茎にひっかかると、わなにかかった動物のようにもがけばもがくほど、逃れられません。鉤状になっていますから、どこにひっかかっているかを確認して、そろっと鉤の方向へひっかかった所を戻せば、どうにかはずれます。

トゲで怪我をしないよう、分厚い長袖長ズボン、それにしっかりしたウォーキングシューズで出かけます。重厚装備をしていても、やわらかく熟した実を取るのは、素手でないと難しいので、実を摘みにいったら、ちょっとしたひっかき傷は避けられない私です。

手の届く範囲で、できる限り熟れたブラックベリーを採集しますが、陽当たり良好、大きくておいしそうな実は、トゲの森の一番てっぺん、私たちの手の届かない所にあります。小鳥たちが秋が終わるまで、これらを十分に堪能する訳ですね。うらやましいなあ、と毎度恨めしげに眺めるだけです。でも、私たちも堪能するだけの分は十分頂いているので、ぜいたくなことです。

容器いっぱいの実を積んだら、家に持ち帰り、さっそくジャム作りです。ジャム作りは、夫の担当?です。まず、小さいけれど固い種を取り除くために、ブレンダーでピューレ状にし、それを漉し器で種を漉します。それからは、他のジャム同様に、砂糖を加え煮ます。ペクチンは入れる必要はありません。

昨年の秋、ニワトコの実のコーディアル(シロップ)を作った後、ブラックベリーでもできるのではないかと思い立ち、同じ要領でコーディアルを作ってみました。熱々のシロップをガラス瓶に詰めたばかりの時点で、上出来だ!と思ったのですが。。。冷めてみると、何とガラス瓶の中でゼリーになってるではありませんか。ブラックベリーが、リンゴなどの果実のようにペクチンが豊富に含まれているとは知らなかったのです。幸いなことに、ゼリー状とはいえ、柔らかく、瓶を振ると濃いめのどろりとした液体になったので、子供たちも飲んでくれて、めでたく全部消費されました。

リンゴのクランブルといえば、オーブンで手軽に作れる英国の家庭のおやつです。クランブルは、名の通り、ぱらぱらした状態のことを指し、バターと砂糖、小麦粉のクッキー生地をバラバラくずして季節の果物の上にふりかけ、オーブンに入れると、クッキー生地の部分がこんがり香ばしく、中身の果物は柔らかく焼けます。ゴミや小さな虫などを取り除いてきれいにしたブラックベリー、それに一口大に切ったリンゴを耐熱皿に並べ、ぱらりと砂糖をふりかけます。私のクランブルには、アーモンドやヘーゼルナッツのざく切りとオーツ麦の押し麦を入れ歯触りをよくします。焼きたての熱々に、自家製バニラソースをかければ大満足。

9月に入ると、目に見えて日が短くなってきたのがわかります。雨の降る日も多くなってきます。今年の夏は、寒がりの私が暑いと感じる日が少なかったのです。つまり気温が20℃以上になる日、半袖で過ごせる日ということですね。そういう夏の後は、暖かい秋が待っているかもしれない、この辺りに住んでいる人たちは期待します。今日、9月1日は、昼過ぎまで晴れたり曇ったり。それが急に黒い雲が北西から流れてきてあっというまに、どしゃぶりの通り雨。でも再び太陽が顔を出しました。

晴天の暖かい日が続いたら、野原へブラックベリーを摘みにいきますよ。

2015年8月7日金曜日

葉月ー8月:アカツメクサ Red Clover August 2015

葉月ー8月:アカツメクサ

真夏の野原に咲く 薄紅色の花


(Trifolium pratense, Order: Fabales, Family: Fabaceae, Genus: Trifolium )
(マメ目 マメ科 シャジクソウ属)



8月の半ば、野原の色は黄色みを帯びて秋めいてきます。ニンジン科の種は黄色や茶色に色づき、シバ科の草は黄色くなってきます。でも、まだまだ草花は彩り鮮やかに咲き乱れています。ミツバチやチョウは、いそがしく花から花へと飛び回ります。

そんな野原のあちこちに、薄紅色のアカツメクサが咲いています。おなじみのシロツメクサは、どちらかというと芝生の中に群生していますが、アカツメクサは、いろいろな野草が生えている草ぼうぼうとした野原に多く見かけます。

アカツメクサと呼ばれますが、花は、赤というより、薄紅、淡いピンク色から濃いピンク色のグラデーションです。花も、一つの花が豪華に咲くのではなく、小さな花が集まって花房を形づくって、一つの花のように見えるのです。その小さな花の一つ一つは、エンドウ豆の花と同じに見えます。マメ科の植物なのですから。

夕方の野原を歩いている途中、アカツメクサの花を一つ採って、小さな花の下の方を吸ってみました。ほんの少し、甘い花蜜の味と香りがしました。子供の頃、サルビアの花の蜜を吸ったものだ、と思い出しました。

楕円の葉は、軸を中心に3つ葉になっていて、葉の中心辺りに、三日月型の白い斑があります。(シロツメクサは、丸い葉です)

他のマメ科の植物のように、土壌を肥沃にする窒素を固定してくれる作用があるために、牧草地や農地に生えていることもあります。しかし、日本でもこちら英国でも、どこにでも見かけるアカツメクサ、葉も花も食べられるというのは、今まで知りませんでした。(同じマメ科のスイトピーは、毒があり食べられないのでご注意を)

Adele Nozendar 著、The Hedgerow Handbook (Square Peg出版, 2012年)に、アカツメクサのレシピが載っています。他のエディブルフラワーと同じく、花をサラダに散らしたりして食べることができます。でも、花をご飯の中に混ぜ込むレシピというのは思いつきませんでした。味つけは、塩と砂糖を少々、それだけです。ほのかな花の香りの漂う混ぜご飯、夏なら、豚肉の生姜焼きなど焼き肉料理に合いそうです。ちなみにクローバーの柔らかい葉もサラダに入れたり、ニンニクと玉ねぎと一緒に炒めて食べるとおいしいそうです。マメ科の葉っぱだし、さわやかな甘味のあるさっぱりした食感でしょうね。

この本には、「アカツメクサのレモネード」(これは、香りのあるエディブルフラワーなら、同じレシピで作ることができます)と「アカツメクサとアーモンドのビスケット」のレシピが載っていますが、かなりの量の花が必要です。でも、野原にたくさん咲いているアカツメクサの花、多いに活用できます。

アカツメクサ(シロツメクサでもよい)には、時々2つ葉のクローバーが混じっているそうです。古い言い伝えによると、この2つ葉のクローバーは結婚につながるそうです。未婚の少女が2つ葉クローバーを見つけ、それを持って帰ると、その後、最初に出会った男性と結婚する運命になるという。今の時代もそうであれば、どんなにロマンチックでしょう。

(追記)
カレンダーのブログにこれまでも引用してきた、シシリー・メアリー・バーカー(Cicely Mary Barker)の『花の妖精全集』(
The Complete Book of The Flower Fairies, 2002年, 初版は1923年)に、アカツメクサの妖精の詩(歌)が載っています。

アカツメクサの歌
妖精:
あれ?なんて大きなハチさん!
私のところに来てくれたのね!
私の蜜を探しにきてくれたのね
なんて大きなハチさん!

ハチ:
まあ、なんて大きなクローバー!
私は、しっかり隅から隅まで探しますよ
そうして、蜜をぜーんぶ集めます
なんて大きなクローバー!

アカツメクサの妖精は、薄紅色のギザギザスカートを履いて、頭にスカーフを巻いたくせ毛で赤毛の小さな女の子。アカツメクサの葉っぱに足をちょこんとのせ、花の蜜を一心に求めているハチ(クマバチ)を、興味津々の顔で見つめています。中世の迷信では、愛を結ぶ花として伝えられていますが、シシリー・メアリー・バーカーは、可愛らしい無邪気な女の子のイメージでとらえています。



***** Adele Nozendar's 'The Hedgerow Handbook'のレシピより *****

アカツメクサのレモネード(Red Clover Lemonade)
約1ℓ作れます
新鮮なアカツメクサの花 750g 
水 500ℓ
ハチミツ(あるいは砂糖) 500g
レモン 2個分の果汁

1. アカツメクサの花を、沸騰させた湯に入れ、ふたをし、弱火で10分煮る。入れた後、沸騰させる必要なし。その後、ハチミツ(あるいは砂糖)を加え、溶けるまでかき混ぜる。
2. 火からおろし、ふたをし、最低数時間から一晩そのまま置く。
3.  置いて、香りをなじませた液体に、レモン果汁を加え、冷蔵庫で冷やす。
4.その後、きれいな晒し布などで漉し、殺菌したきれいな瓶へ移す。飲む際、好みの量をグラスへ入れ、好みで氷も入れ、そこに水を加えて希釈する。あれば、レモンの輪切りや、クローバーの花を散らしてできあがり。 

アカツメクサとアーモンドのビスケット(Red Clover Almond Biscuits)
25個作れます
全粒小麦粉 380g 
ベーキングパウダー 小さじ3
アーモンド 100g 
無塩バター 100g 
卵 2個
バターミルク 120ml (牛乳とプレーンヨーグルトを半々で混ぜたものを代用できます)
アーモンドエッセンス 小さじ1/4(なければ、必要なし)
新鮮なアカツメクサの花 287g (花房をバラバラにほぐしておく)

1. オーブンを、230 ℃(ガスオーブンは8)に加熱しておく。
2. フードプロセッサーで、小麦粉、ベーキングパウダー、アーモンドを同時に粉砕する。
3. フードプロセッサーにバターを加え、ぱらぱらした生地になるまで撹拌する。
4.  卵、バターミルク、アーモンドエッセンス、アカツメクサの花を加える。
5. フードプロセッサーで生地がまとまるまで撹拌する。
6. 生地をロールで1㎝ほどの厚さに伸ばす。
7. 5センチ四方の正方形に切り、ベーキングシートを敷いたトレイに並べ、10〜15分間焼く。

2015年7月1日水曜日

文月ー7月:ナガミヒナゲシ Long-headed Poppy June 2015

文月ー7月:ナガミヒナゲシ

夏の草原で


(Papaver dubium, Order: Ranunculales, Family: Papaveraceae, Genus: Papaver )

(ケシ目、ケシ科、ケシ属)




ヒナゲシ、英国では戦没者追悼の花(remembrance poppy)として知らない人はいないほどです。英国在郷軍人会(The Royal British Legion)という全国的な慈善組織が、11月11日の戦没者追悼の日(第一次世界大戦の停戦日、1918年11月11日)前後に、Poppy Appealと銘打って、赤いヒナゲシの花のブローチなど販売して寄付を募ります。英国では、あまりに一般的なのですが、もともと第一次世界大戦の戦没者ならびに負傷者、その家族のために募金活動が始まったのですが、今ではアフガニスタン戦争や最近の戦争などに関わった人達への支援も行っています。

赤い紙で作られたポピーが英国の至るところに見られるのは、晩秋から初冬にかけて。でも、実際のヒナゲシは夏の草原に咲きます。

ヒナゲシにはいくつかの種類があります。その多くは、花弁のまん中が黒いので、赤い花びらの中に大きな黒点があるように見えます。Poppy Appealで使われる花は、common poppy(ヒナゲシ)です。

ビクトリア王朝(19世紀後半から20世紀初期)時代にイラストレーターとして活躍したCicely Mary Barkerの花の妖精シリーズの夏編、Flower Fairies of the Summer (初版は1925年)に登場するヒナゲシの妖精も、赤い花びらに黒いぽっちりのあるヒナゲシ(common poppy)です。黒く長い髪を持つ、きりっとした少女です。

ずいぶん前になりますが、庭の隅に、小さなワイルドフラワーの一角を作りたいと思って、園芸センターでワイルドフラワーと書かれた花の種を1袋購入して春先にぱらりと蒔きました。

7月になったある日、青いヤグルマソウや、白いマーガレットの中に赤い花が咲き始めました。ヒナゲシです。Common poppy のどちらかというと豪華な花の他に、ほわんとやわらかい雰囲気を持っているヒナゲシもありました。

ナガミヒナゲシは、花弁のまん中に黒点を持つヒナゲシの種類とは異なり、ややピンクがかった赤の花びらです。まん中には、黒い点はなく、緑の雌しべがぽっちりとあるだけです。名前の由来からもわかるように、実も他のヒナゲシとは異なり、細長い形をしています。とげとげした毛もなくスムーズです。

そういうた容姿になんとなく魅かれました。それで版画にした次第です。

スティーブン・モス(英国のワイルドライフ/野性生物に関するライター、ブロードキャスターでありTVプロデューサー)の著書、The Bumper Book of Nature (by Stephen Moss, 2009, Square Peg) (『自然満載の本』とでも訳しましょうか)が手元にあります。その中で、ヒナゲシの花は7月20日の聖マーガレットの日(キリスト教やユダヤ教での聖人の祝日、日ごとに数名の聖人の名前が冠してある)の前後に開花すると言われているそうです。スティーブン・モスは、1893年、100年以上も前に出版された Weather Lore by Richard Inwards, 1893.)  (『天気に関する本』)から1年分(1月は掲載されていない)の主だった植物ををリストにして引用しています。聖人の祝日と植物の生育をうまくむすびつけたのかもしれません。

私たちの住む町に、ヨットハーバーがあります。そのそばに公園があり、夏になるとワイルドフラワーが咲き誇ります。私たちが引っ越してきた当時には、単なる荒れた原っぱで、あちこちにプラスティックの大きなチューブなどが横たわっていました。歩いて楽しいような雰囲気ではなかったので、長いこと通ったこともありませんでした。

調べてみると、どうやら、昔はゴミの埋め立て地だったようです。ゴミが埋められた後、ガス管や下水管などが整備され、その上にワイルドフラワーの種が蒔かれ、住民の憩いの場になったのは、数年前からなようです。英国では、そのような場所があちこちにあります。

この辺りで完全な野性のヒナゲシを見たことは、残念ながらありません。

半七捕物帳で知られる岡本綺堂(1872-1939)の随筆集に納められた随筆の一つに、フランス旅行記があります。時は、ちょうど第一次世界大戦直後、1919年の初夏、ランスの町の戦争痕の見物というのを、トーマス・クック旅行代理店が企画していて、パリから蒸気汽車に乗って郊外のラーンス(Reims)を訪れます。

彼の描写は、人々だけでなく、風景も詳細です。ヒナゲシは、随筆のあちこちに登場します。

〜途中で汽車がトラブルで停車した線路を横切る小川の傍らにヒナゲシの赤い花とブリューベル(英国のブルーベルと同じとは思えないが)の青い花が川辺の柳の下に咲いている。あるいは、壁の弾痕生々しい町のトチノキ(マロニエ)の並木の下にも、ヒナゲシはしおらしく咲いている。かつての戦場だった草ぼうぼうの野原には、一面のヒナゲシの花の紅い色に染まっている〜

ヒナゲシは、ヨーロッパの人々にとっては戦争で傷ついた心と結びついた思い入れの強い夏の花です。




2015年6月1日月曜日

水無月ー6月:イエロー・アーチエンジェル Yellow Archangel: June 2015


水無月ー6月:イエロー・アーチエンジェル(ツルオドリコソウ)

夏の始まりを告げる黄色い天使 

(Lamiastrum galeobdolon, Order: Lamiales, Family: Lamiaceae, Genus: Lamium )

(シソ目、シソ科、オドリコソウ属)



6月は、初夏から夏への変わり目です。薄青紫のブルーベルや、純白のワイルドガーリックの花のじゅうたんが、5月の末にかけて色あせて消えていくと同時に、森の中は若々しい緑に覆われていきます。その清々しい緑の森のまわりや、生け垣、原っぱは、次第に鮮やかな夏の花に彩られていきます。

イエロー・アーチエンジェルは、古くからある森の端や、生け垣の日陰に生えています。5月に紹介したハーブ・パリスほどではないですが、それでも貴重な野草の一つです。

シソの仲間なので、日本でもおなじみの青じその葉っぱにも似ていますが、もっと小ぶりです。。近寄ってみると、細かい毛が葉の両面、茎に生えています。雰囲気や大きさは、やはり同じシソの仲間に入る、ミントにさらに似ています。シソやミントのように小さな花とは違い、イエロー・アーチエンジェルはクリーム色のぷっくり丸いつぼみが、ふくらみ、笠つき、赤茶色の模様入りのアームチェアのような花をつけます。茎の周りにぐるりと外向きに、何重にもクリーム色のアームチェアが並んでいるのは、かわいらしいです。想像好きな私は、このアームチェアに、花の妖精たちがしばし羽を休めるために座る姿を思い浮かべます。

イエロー・アーチエンジェルと同じく古代野草のエノキグサ科のドッグス・マーキュリーのぎざぎさしたちょっと三つ葉にも似た緑の葉、濃いピンクの花を咲かせるナデシコ科のレッド・キャンピオン(イギリス英語発音では、カンピオン)、薄紫の花を咲かせるシソ科のグラウンド・アイビー(和名はカキドオシとなっていますが、ウィキペディアの写真は、私の見る実際の花とはちょっと違います)などの間に、イエロー・アーチエンジェルは、日陰になった場所のあちこちにかわいい花を咲かせます。

イエロー・アーチエンジェル。私の持っている20世紀初期に活躍した女流イラストレーターでありナチュラリストであったエディス・ホールデン(Edith Holden)(4月のウッドアネモネ編で紹介しています)の挿し絵入りの本、The Nature Notes of An Edwardian Lady と The Country Diary of An Edwardian Ladyには、異なった名前で掲載されています。Yellow Weasel Snout ー イエロー・ウィーゼル・スナウト。植物としての和名はわかりませんが、直訳すれば、黄色のイタチの鼻。う〜ん、イタチの鼻に例えるには、かわいらしすぎる色と形です。

アーチエンジェルとは、キリスト教では、位の高い天使、大天使を意味するようです。黄色い冠をかぶり、緑の翼をもった天使のようにも見えませんか? 個人的には、こちらの方が好きです。私の持っている現代の植物図鑑には、イエロー・アーチエンジェルの名前で掲載されています。ラテン語の学名は変わらずとも、日常に使う呼び名は、時代とともに変わっていくこともあるのでしょうね。

よく似た外観をもつ、白い斑が緑の葉に入った、Variegated Yellow Archangel(斑入りイエロー・アーチエンジェル)があります。これは、園芸用に交配された種類ですが、種があちこちに飛んで簡単に増えていくので、庭や公園を越えて野性化しているそうです。野草保護団体の一つ、Plantlifeが、他の野草を侵害する植物として警告しています。(1981年に発布された英国の野性生物および田園地帯に関わる法令の中にあると書いてあるのですが、見つけられませんでした)

我が家の近くに、数十年前まで石灰石の採石場だった場所にできた公園があります。さまざまな草木が茂る、緑豊かな公園ですが、興味深いことに、イエロー・アーチエンジェルや、5月に紹介した、ハーブ・パリスなどは、まったく見かけません。

大昔に誕生した小さな森が、長い時間をかけてさまざまな植物や動物たちが加わったり、消えていったりしながら、現在の森を作り上げてきたわけです。その中でイエロー・アーチエンジェルは、古代の森の証となる植物と言われているのは、ずっと昔から、森と一緒に生存してきたからでしょうね。




2015年4月30日木曜日

皐月ー5月:ハーブ・パリス  Herb-Paris: May 2015

皐月ー5月:ハーブ・パリス

森の湿地に今も咲く古代花 

(Paris Quadrifolia, Herb-Paris,  Order: Liliales , Family: Melanthiaceae, Genus: Paris)

(ユリ目、メランチウム科、パリス属)



ハーブ・パリス。名前だけでなく、その姿も初夏の森の中でひときわ目立ちます。実は、森がどれほど古いかを推測する指標となる植物だそうです。ハーブ・パリスが生える森は、古代から現代に至るまでほとんど環境が保持されて残っている貴重な森なのです。

というようなことを、実は、4、5年前、友人とThe Woodland Trustが管理する森を歩いていた時、犬を連れた紳士と初めて出くわした時に、森についていろいろ話してくれた時に聞いたのです。私のブログに以前にも数回登場した、森に関するメンターのような存在の紳士です。(かれもボランティアで森再生プロジェクトに関与したことがあるそうです)

「あなたたち、これからGorge (ゴージ:谷間、ここでは丘と丘の間に小川の流れている湿った地帯)の方を歩いていくなら、一風変わった花を見つけられるかもしれないよ。この季節、数週間だけ咲くのだが、奇妙なことに、ほんのわずかな地帯にだけ、毎年群生するんだ。ハーブ・パリスって言うんだがね、葉っぱは4枚、茎の半ば辺りからまん中から外に向かって生えている。花っていうのが、これがまた変わっていて、花という感じじゃない。花っていう感じじゃない、という植物を探してごらんなさい。それが、ハーブ・パリスだから」

それから、私たちはおもむろに、陽当たりのよい原っぱを過ぎ、森の中へ足を向け、ブナの森の向こうへ歩いていった。丘と丘の間は、陽当たりが悪く、小川が流れ、一帯は、苔むしている。それでも、イングリッシュ(もとい、ウェルシュ)・ブルーベルやワイルドガーリック、ウッドアネモネが点々と咲いて、彩りをそえています。

この辺りだな。

注意深く、足をとめて眼を凝らしました。あるあるある!赤みを帯びた緑色の細い茎がまっすぐに伸び、その中間辺りから水平に放射線状に4枚の葉が生えています。そして、その上に目線を移していくと、なんとも奇妙な、一般的に花と呼ぶものとはかけ離れた頭部があります。ぴらぴら下にぶらさがっている緑のものは、萼(がく)です。その間にある(版画ではわかりにくいですが)さらに細い緑のものが花びら、なんだそうです。斜め上にぴっと伸びた槍のような黄色いものは、雄しべです。そして、まん中に鎮座する紫紺のものが、雌しべの役割をする子房(しぼう)です。

ハーブ・パリスが群生している場所は、とても限られています。10mほど歩けば、もう見当たりません。そんな矮小な場所で、ハーブ・パリスは、何百年も、ひょっとすると1000年以上もひっそりと、絶えることなく咲き続けてきたのかもしれないな、と思うと感慨深くなります。

ハーブ・パリスという名前から、何かフランスの首都に関連しているのか、と勘ぐりましたが、実は地名とは関係ありません。ラテン語の学名は、paris quadrifolia、私の拙い推測では、quadriは「4」を指し、foliaは、英語でいうところのfoliage、「葉」を指すのでしょうね。parisは、英語でequality、「均一」「均等」を意味するそうです。ハーブ・パリスは、外見からつけられた名前なのですね。

4枚の葉が、均等に外へ向かって水平についていることから、harmony、「調和」の意味合いもあって、中世時代には、おまじないやら儀式などに使われたようです。別名は、'true lover's knot'(真実の愛の絆)あるいは、 'devil in a bush'(茂みの悪魔)。深い解釈もあると思いますが、単純に訳しています。真実の愛を確かめるためのおまじないやら、魔除けに使われたんでしょうか。

ちょうど今、英国在住の日本人作家(といっても、英国に帰化した)、カズオ・イシグロの最新小説、Buried Giantを読んでいます。小説の設定が、伝説の王、キング・アーサーが亡くなった後の中世初期のイギリス本島となっています。生き別れとなった息子のいる村を訪ねてようと旅する老年の夫婦を中心に、建物も、道らしきものもない、ヒースに覆われた丘や森が果てしなく続く、当時のイギリスの風景が描かれます。魑魅魍魎がいると信じられていた頃、神秘に満ちた森を歩く人たちには、ハーブ・パリスは、時に天使のように、時には悪魔のように見えたのでしょうね。

True lover's knot、大昔からずっと変わらず生息し続けてきたことは、永遠に続く愛の絆の象徴にふさわしいです。茎がすっと空にむかって伸び、4枚の葉がまっすぐ水平に広がったハーブ・パリスの群生は、初夏の若葉がまばらに影を落とす森の中で、凛として美しく映ります。

現代の自然は、ほったらかしでは存続していけません。The Woodland Trustなどの地道な森林保全保護活動の手を借りてでも、これからもずっと変わらずに、数百年先の森の中で、毎年5月に花を咲かせて欲しいです。




2015年4月13日月曜日

イースターの月曜日に: St Bridges Majorにて散策

イースターの月曜日。久しぶりの青空、風もなく暖か。車で半時間ほど西へ行った、海に近い小さな村、St Brides Majorまで出かけました。村はずれに車を停め、丘を登っていくと、そこには壮大な風景が広がっていました。大きな木は全くなく、gorseという荒れ地によく見られるマメ科の黄色い花が一斉に咲いていました。反対側では、羊の群れがのんびりと草を食んだり、ねそべっていたりしていました。この春に生まれたばかりの子羊たちも。


丘をぐるりと歩くと、下り坂に。要所ごとにウォーキング用のサインがあります。それに従って急な道をすべらないように気をつけて歩いていきます。


丘のふもとには、小さな川が流れています。小川というにはちょっと大きく、川というには小さめかというサイズ。途中に、分岐路があるのですが、徒歩だとステッピングストーン、飛び石がある(写真左から斜め右)のですが、車は、何と川の中を通るのです。とはいえ、川底は浅く、車が通れるように平らにしてあります。私たちが見ている間に数台が通り抜けましたが、ほんの少しちゅうちょした後、えいやっとばかりにエンジンをふかして向こう岸へ渡っていきました。

右端にいる女性は、水から十分離れてなかったばかりに、足元がびしょぬれになりました。犬くんは、おかまいなしに川の中をじゃぶじゃぶと走り回っていました。何せ、久しぶりのお天気で、おまけに風もなくあったかかったのですから。


川沿いの道には、2か所、石造りの鉄橋がありました。その下を、ポニーに乗った女の子が、お母さんとおしゃべりしながらのんびり通り過ぎました。


この川には、もう一つ向こう岸に渡れる橋があります。Clapper Bridgeと呼ばれ、アーチ型や吊り橋などができる以前に使われた古いタイプだそうです。どのくらい古いかは不明ですが、昔は、周辺の村の住民が生活のために使ったのでしょうね。


川から逸れて、村の方へ戻る途中に、自然保全地域があります。スイセンやウッドアネモネ(3月のカレンダーに登場)が自生しています。スイセンは、もう盛りを過ぎていましたが、ウッドアネモネの白い花があちこちに咲いていました。


自然保全地域が終わると、生け垣に両面囲まれた農道になります。途中で、乗馬クラブのグループとすれ違いました。一人一人が、「待ってくれてありがとう」と良いながら通りすぎていきました。10人以上はいたでしょう。

彼らが過ぎていった後、ふと傍らを見ると、「卵売ります」のサインが。そこには小さな石造りのコッテージ。ちょうど卵を切らしていたところなので、卵を買おうと裏側へまわると、そこの主らしい男性がいました。

にこやかな彼は、私たちが道に迷ったのかと思ったらしいですが、卵を買いたいと言うと、ちょうど1ダースあると出してくれました。彼から1ダースの卵を買いました。1ダース、放し飼いの鶏の卵2ポンド。とってもお買い得です。卵は3種類。さまざまな色と大きさのもの。彼は、レグホン種と烏骨鶏のものだと教えてくれました。

後日、卵を食べましたが、とっても新鮮な卵で濃厚な味でした。普段でも放し飼いと書いてある卵をスーパーで買っているのですが、断然の違い。


帰路は、海辺を通って帰りました。たくさんの車と人であふれ帰った海岸を横目に通り過ぎました。私たちの歩いた道では、ほんの数グループとすれ違っただけ。みんな、短くとも「ハロー」と挨拶を交わしました。その他は、さえずる小鳥たちの声、小川のせせらぎだけ。

2015年4月1日水曜日

卯月ー4月:ウッドアネモネ Wood Anemone: April 2015

卯月ー4月:ウッドアネモネ・ヤブイチゲ

白くきらめく風の花 


(Anemone nemorosa, Windflower, Buttercup family)
(キンポウゲ科 イチリンソウ属)


変わりやすい春のお天気。明るい晴天の朝を迎えても、彼方にみじんの雲も見えなかったのに、お昼ころになると、にわかに空がかき曇り、肌寒い風が吹いてきたかと思うと、通り雨、時にはアラレも混じることもあります。

4月に入ると、それでも日射しは日ごとに強くなり、日も長くなってきて、春も盛りに入ったことを感じます。

お気に入りの森へ踏み入れると、ブナの木が主に生える、その足元に点々と白い花が目につきます。さらに歩いていくと、あちらこちらに、白い可憐な花びらを一面に敷いたような場所に出くわします。可憐な花が、じゅうたんを敷き詰めたように咲き乱れる様は、幻想的です。

たまに、霧雨の中を歩くことがあります。風もなく、霧のように細かい雨粒が自分の周りを取り巻きます。繊細な白い花、葉っぱにも細かい雨粒が降り注ぎます、音もなく。

それは、ウッドアネモネ(和名:ヤブイチゲ)の花です。白い花びらは、正確には、花びらではなく、萼片(がくへん)と呼ばれるものです。

ウッドアネモネの別名は、ウィンドフラワーです。そのまま日本語にすれば、風花(かざばな)ですが、風に吹かれて舞う雪、全く違うものですね。

私の手元にある、1958年に出版されたB.D. Inglis著の、『英国の野草』(Wild Flowers of Britain, Nelson出版, 1958)に、ウィンドフラワーと呼ばれる由来が書かれています。ー『ウッドアネモネの上を風が吹いた時だけ、花開くと言われている』ー 著者は、それについて、外見とは違い、むき出しの森の中で、早春の荒々しい強風の吹き荒れる気候に耐える強い野草だと書いています。キンポウゲ科の中でも弱々しく見えますが、意外と細い茎は、強風にあおられてもへし折れないほど強いのだそうです。

雪のように白い花びらが風に舞う様を想像すると、風花という名も合っているのかもしれません。でも、私が目にするウッドアネモネは、風の強い日でも、風から守られた森の中で静かに花を咲かせています。

ウッドアネモネを、インターネットで検索していたら、突然、懐かしい花の妖精のイラストが現れました。エドワード朝時代に活躍した女流画家(イラストレーター)であり、詩人でもあるC.M. Barker(シシリー・メアリー バーカー)のイラストです。(3月に紹介した、同じくエドワード朝時代の女流画家で植物研究家のEdith Holdenより少し後の時代に活躍)

大昔、私が子供のの類を買って点数を集めると、彼女の「花の妖精シリーズ」の本がもらえるという企画にまんまと乗り、1冊を手に入れたのでした。当時、洋書など目にすることなどほとんどなかったので、嬉しくて、何度もそれぞれの花の精の絵を丹念にながめたものです。幸いなことに、手元にありました。(といっても、娘が見つけ出してくれました。娘に感謝)

彼女のシリーズには四季と、さらに4種類の本があります。そして、私が持っていたのは、ばっちり「春」。その中に、ウッドアネモネの妖精の女の子と、詩(私の拙訳)があります。ここに描かれた妖精は栗色でゆるくカールしたロングヘアで、うす桃色のドレスを着たスレンダーな女の子。ウッドアネモネの多くは白ですが、うす桃色の花もあるからでしょう。ウッドアネモネの花を2輪、両手に抱えて、風が吹けば今にもダンスを始めそうな様子です。



THE SONG OF THE WINDFLOWER FAIRY
ウィンドフラワーの歌

While human-folk slumber, 人間たちがまどろむ間
The fairies espy 妖精たちは
Stars without number 数えきれないほどの星が
Sprinkling the sky. 空にちりばめられているのを見つける
The Winter's long sleeping, 冬が長い眠りについている間
Like night-time, is done; 夜の間眠るように
But day-stars are leaping でも昼間の星たちは飛び跳ねてる
To welcome the sun. お日さまを歓迎したいから
Star-like they sprinkle 星のように
The wildwood with light; 荒々しい森に光をちりばめる
Countless they twinkle- 数えきれないほど
The Windflowers white! ウィンドフラワーの白がきらめく!


(Flower Fairies of the Spring, Cicely Mary Barker)
春の花精より シシリー・メアリー・バーカー、1923)


まもなく、白い星のようにまたたくウッドアネモネが、森の中にいっぱい見られるでしょう。







2015年3月1日日曜日

弥生ー3月:春を告げるプリムラ Primrose March 2015

弥生ー2月:プリムラ・ブルガリス
March: Primrose

野性のプリムラ


(Primula vulgaris, Primulaceae family)
(サクラソウ科 サクラソウ属)




最初に、野性のプリムラを見つけたのは、ずいぶん前、スイスか、南ドイツの黒い森地帯の森を歩いていた時です。日本で見知ったプリムラは、ピンク、赤、紫、まっ黄色などの原色まぶしい花を咲かせていたし、公園や庭先でしか見かけたことがなかったので、意外でした。日陰でひっそりと、淡いクリーム色の小さな花を咲かせるプリムラ、早春に彩りを与えてくれるのです。

英国ウェールズへ住み始めてからも、早春になると、森の中や、ちょっとした野原の片隅などでプリムラを見つけるのが楽しみになりました。

このブログを書き始めて、カレンダーに載せた植物について調べるようになりました。今回も、意外な発見がありました。私の持っている古い植物の本、Wild Flowers of Britain (B.D. Inglis, 1958, Nelson)、この中のイラストで気づきました。

花のタイプには、2種類あるのです。花弁も葉っぱも変わりません。が、雄しべと雌しべのつき方が微妙に違うのです。全く気づかなかったとは! 自分の撮った写真をいろいろ見てみると、本当に違うのです。まん中の部分が、丸く平たい待ち針のように見える'Pin-eyed'(平たいまち針の頭)タイプがあります。これは、雌しべが花弁の所にまで出てきて、花粉のついた雄しべは見えません。もう一つは、'Thrum-eyed'(毛のような粉のようなものが花冠のまん中に見える)タイプ。花粉のついた雄しべが上の方にあり、雌しべは下部にあって見えません。

同じタイプ間では交配ができず、この異なった2タイプの花の間で交配が行われるそうです。それを担うのは、花蜜を求めてやってくる昆虫。

プリムラの花蜜は花弁の底にあります。針の目タイプの蜜にありつくには、蝶などの昆虫が、ストローのような口吻(こうふん)を伸ばさないといけません。その際、花弁の半ばあたりにある雄しべの花粉に触れます。花粉のついた口吻、昆虫ですから、ぬぐうこともせずに、近くにある、'Thrum-eyed'(毛のような粉のようなものが花冠のまん中に見える)タイプの花へ移って、花蜜を吸いに行きます。当然のことながら、もう一方の花粉をつけてきた口吻で吸いますから、花弁の半ばにある雌しべにもう一方の花粉をつけることになります。蝶などの昆虫たちは、あっちへ飛び、こっちへ飛びしますから、そのうちに両方のタイプの花の受粉が完了するという訳です。


'Pin-eyed'(平たいまち針の頭)タイプ
花弁のまん中に見えるのは、雌しべ

'Thrum-eyed'(毛のような粉のようなものが花冠のまん中に見える)タイプ
花弁のまん中に見えるのは、雄しべ

これらについての詳細な説明は、東デヴォンにある Offwell Woodland and Wildlife Trust、 ウェールズにあるFirst Natureの2つのウェブサイトに掲載されています。(でも、写真は、私所有のものです)

花について、かなり熱っぽく、長々と書いてしまいました。

ようやく葉について。野性のものは、小型で、葉の長さも10センチから15センチくらい。鮮やかな濃い緑の白菜のように、しわが深く入り込んでいます。なんだか食べられそうでしょう。私は試したことがありませんが、ほんのり甘味があって、もちろん食べられるようです。The Hedgerow Handbook: Recipes, Remedies and Rituals (Adele Nozendar著, Square Peg社, 2012)という本の中に、葉を使った面白いレシピがあります。

材料は、水1.7ℓ、砂糖300g、プリムラの葉500g、イースト10gだけ。イーストというのだから、発酵させます。何だかわかりますか? お酒ではありません。お酢、です。仕込んでから1か月半かかってようやく使用できるそうです。

きのこ以外の野性の植物なら、何でも試してみたい私ですが、これは想像だけにとどめておきます。プリムラの葉、500gというのはかなりの量です。森などに点在するプリムラをむやみやたらに採取したくないのです。でも、たくさん採っても困らない、例えばイラクサの葉などで試してみるのも良いかも。

凹凸のはっきりした葉、これを更に近づいてみると、さらに細かな葉脈が縦横に走っています。花の方は、ナメクジやカタツムリなどに食べられた跡を見かけても、葉の方は見たことありません。このでこぼこは、食べられないようにするためにあるのかもしれないですね。

3月に入ると、プリムラのクリーム色の花は、いち早く春の雰囲気を醸し出してくれるのです。